〜ひとり歩きの中山道3〜
和田峠から長久保宿
(1999.8.10〜11,1泊2日)

 今回の中山道ひとり歩きは,和田峠から和田宿を経て長久保宿までの約15kmを歩くことにした.

◆ 〈番外編〉信州の穴場 北国街道 海野宿 ◆

 1日目(8月10日)は中山道からはずれて北国街道の海野宿へ向かった.海野はしなの鉄道の田中駅と大屋駅のほぼ中間に位置するので,北国街道を田中駅から海野を経て大屋駅までの約4kmを歩くことにした.
 長野からしなの鉄道に乗り,田中に着いたのは12時04分.駅のベンチに腰掛け,長野駅で買った牛肉弁当を食べてから海野宿に向けて歩くことにした.後で知ったのだが,駅からちょっと離れたところに,今年7月にオープンしたばかりの温泉健康複合施設「ゆうふるtanaka」がある.今度訪れた時にはぜひ立ち寄ってみたいと思う.
 歩き始めて約20分,海野宿の東の枡形に着いた.昔は多くの宿場が街道の中央に用水を引いていたが,車社会の到来とともに,ほとんどが埋め立てられたり街道の隅に移されたりした.しかし,海野では今でも街道の真ん中に幅1m程の用水が流れている.今は用水の北側が舗装されているが,南側は未舗装のまま残っている.用水の流れる街道の両側には出桁作りに海野格子そして卯建(うだつ)が立つ古い建物が建ち並び,昔の宿場風景そのままである.
 この海野宿は1986(昭和61)年に「日本の道百選」に選ばれ,さらに翌年,文化財保護法に基づく「重要伝統的建造物群保存地区」に指定された.これほどまでに歴史的な町並みが保存されているが,観光客目当ての店はほとんど無く,ごく普通の生活の場として残っている.観光客に頼らずに古い町並みを保存しようという気持ちが伝わってくる.
 海野宿で唯一内部を公開している建物である海野宿資料館を見て,西の枡形までの約600mをゆっくり歩き,海野宿を後にして大屋駅へ向かう.途中,千曲川が間近に見える.江戸時代の旅人もこうやって千曲川の流れを眺めていたのだろう.およそ20分で大屋駅に着いた.大屋からしなの鉄道で長野へ出て,長野から今晩の宿泊地の松本へ向かった.

用水の流れる海野宿

出桁作りに海野格子そして卯建

◆ 松本ウェルトンホテル ◆

 予約していたホテルは,松本駅から西へ歩いて約10分のところにある松本ウェルトンホテルである.
 ここは,外観はマンションの様であるが,料理を主体とした都市型オーベルジュ(宿泊機能付きレストラン)をめざしているとのことである.わたしは夕食をホテルで食べなかったが,部屋に備え付けのメニューに写真付きで紹介されている料理は,このクラスのホテルとしてはなかなかのものであった.また,チェックインの時には,ちゃんと部屋の入口まで案内していただいた.
 部屋はシングル11m2と最近のホテルの中ではやや狭いが,冷蔵庫は無料サービス中とのことで,ビールとウーロン茶,ミネラルウォーターが1本づつ入っていた.また,アニメティグッズも宿泊料金の割には充実しており,持ち帰って良いものがわかるようになっており,親切であった.

◆ 中山道 和田峠 ◆

 ホテルを8時頃にチェックアウトし,松本駅8時48分発の特急あずさ54号で9時09分に下諏訪に着いた.下諏訪駅から和田峠方面へ向かうバスは夏の間(7/30〜8/18)だけの運転で,しかも1日1便しかないので,これに乗り遅れると大変である.和田峠方面の山々には雲がかかっており,「ひょっとすると雨に降られるかもしれない」と思いながら,バスの出発を待った.
 下諏訪駅発9時33分東白樺湖行きのバスの乗客は,私を含めて3人であった.一番最初に降りたのが私で,東餅屋(10時09分着)で下車した.ガイドブックにはここに大福餅風の力餅が名物のドライブインがあると書いてあったので期待していたが,バスから降りる時に運転手から「どこへいくのか?」と聞かれるほど寂れたところであった.そのドライブインは確かにあったが,良く言えばログハウス風,悪く言えばオンボロの建物で,ドライブインとは言え,車は1台も停まっておらず,わずかにバイクが数台停まっているのみであった.有料の新和田トンネルができて,車が通らなくなりさびれてしまったのだろう.
 中山道はここから森の中に入って行き,峠道を依田川沿いに下りていく.この道は文化庁の「歴史の道」に指定され,ところどころに石畳も残っている.道は比較的整備されており迷うことはなかった.近くを国道が通っているはずであるが,車の音は聞こえず,依田川のせせらぎの音や鴬の鳴き声が聞こえてきた.と書くといかにものんびりした道中に聞こえるが,実は,熊が出て来ないかと内心ドキドキで,かなりハイペースで峠を下っていった.
 1.2kmほど歩いて国道に出ると,わらぶき屋根の古い建物がある.この建物は永代人馬施行所と呼ばれ,江戸時代の篤志家の寄付により建てられ,冬の和田峠を越える旅人に粥一椀,牛馬に飼い葉一桶を提供した施設である.冬の和田峠越えの厳しさを感じさせる施設である.
 永代人馬施行所を過ぎると,中山道はまた山の中に入っていき750mほどで再び国道に出る.この付近で歩き始めてから約1時間が経過していたので,小休止をとる.
 すこし歩くと,中山道はまた,小高い森の中に入って行き,程なく小日向の一里塚に着く.道を挟んで1対の丘が残っているが,一里塚にあるはずの榎は立っていない.唐沢で国道に出て,ここから和田宿までは国道を歩く.

和田峠から和田宿へ

永代人馬施行所

◆ 中山道 和田宿 ◆

 歩き始めて約2時間,時刻は正午を過ぎた頃,和田宿に入った.ここ和田は隣の下諏訪宿との間が5里18丁(約21.5km)もあり,おまけに難所の和田峠(標高1650m)があるため,多くの旅人がここ和田で一休みした.わたしも上和田のバスターミナルで腰を下ろし,今朝,松本のコンビニで買ったおにぎりを食べることにした.
 ここでは,村をあげて旧宿場の保存・復元に力を入れているため,古い建物が多く残っている.公開されているのは本陣と旅籠「河内屋」の2つの建物で.いずれも国の史跡に指定されている.本陣の建物は1984(昭和59)年4月まで和田村役場として使用されていたものを,その後5年の歳月をかけて解体修理・復元したものである.河内屋は和田宿の旅籠では大きい方で出桁作りに格子戸という江戸時代の宿場建築を色濃く残しており,1981(昭和56)年歴史の道資料館として公開された.
 この2つの建物の手前に「中山道和田宿 旅人御宿本亭」の看板を掲げる建物がある.屋根はトタン葺きに変わっているが,河内屋同様,江戸時代の宿場建築が残っている.和田では同じような建物が街道沿いに多く残っているが,この建物は元庄屋宅であるためか,この建物だけが道から数メートル離れて建っている.
 足場の悪い峠道を熊の出没に対する恐怖心で,かなりハイスピードで下りてきたため,着地の際に足首に負担がかかり,右の足首がかなり痛む.長久保の宿場まではあと2里(約7.8km)であるが,大丈夫だろうか?と少し不安になる.
 和田から長久保まではほとんど国道142号線を歩く.和田峠付近は黒曜石の産地のためか,大型ダンプが多く走る.そのため歩道のないところでダンプ等の大型車とすれ違う時は,歩きを止めて道の右端に寄らなければならない.中山道(国道142号線)が大門街道(国道152号線)と合流する手前に水飲み場があったので,少し休憩することにした.この水飲み場は最近設けられたものらしいが,歩いて旅をする者にとってはとてもありがたい.
 水飲み場を後にし,依田川と大門川を渡り,30分ほどで終着地の長久保のバスターミナルに着いた.何とか雨に降られることもなく,歩き通すことができた.ここからバスで上田に出て,上田からしなの鉄道に乗った.長野の手前から雨が降り始め,瞬く間に豪雨に変わった.長野には17時09分に着いた.

和田宿

道沿いの水飲み場

◆ 長野駅のおすすめスポット ◆

 帰りの名古屋行き特急しなの32号(長野19:30発)までにはまだ時間があるので,長野駅の駅ビルMIDORIの5階のレストラン街で少し早い夕食をとることにした.今回入ったのは中華料理の「小吃坊」という店である.ここの窓側の席に窓に向かって座ると,駅前広場を挟んで反対側のビルの壁面にある大型テレビが正面に見えるので,食事をしながら天気予報やニュースなどを見ることができる.アベックやグループでの旅行の場合は無くてもよいが,時間を持て余しがちなひとり旅の時はおすすめである.
 中華料理を肴に生ビールをジョッキでグィッ!.中山道を歩いた後に飲むビールの味はまた格別であった.
 和田峠の南半分は,バスが走りだす来年の夏までお預けとなる.峠を下りた後,下諏訪で温泉に浸かるのが今から楽しみだ.


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