高宮宿〜鳥居本宿
(2000.4.9)

◆ 高宮の太鼓祭り ◆

 大阪で花見をした翌日.大阪からの帰りに彦根駅で途中下車して,中山道の近江路を歩く事にした.
 彦根駅前の平和堂で昼食用の弁当を買って,彦根発12時50分の近江鉄道の八日市行きに乗った.電車は2両編成ながら流線形のスマートな車体たったが,乗客は数人しかいなく,これで採算がとれているのかと心配になった.
 彦根から約10分.午後1時頃に高宮駅に降り立った.ここは彦根市内でありながら,騒々しさが無く静かな佇まいの町である.中山道へ出る前に駅舎のベンチに腰掛けて,先ほど彦根駅前で買った弁当を食べることにした.駅舎内にはいろいろなパンフレットが置いてあったので,弁当を食べながらこれらのパンフレットに目を通した.

近江鉄道の電車

近江鉄道高宮駅 高宮宿の佇まい

近江鉄道の電車

近江鉄道高宮駅

高宮宿の佇まい

 食事を終えて駅舎を出た.天気は雨の心配はないが薄曇りである.こういうのを花曇りと言うのだろうが,この地方の桜はもう少し先のようだ.きょうは中山道を東に向かって,鳥居本宿まで歩く予定だが,一旦反対方向へ歩き,高宮宿の本陣跡まで戻る事にした.
 高宮神社の近くまで来ると,法被姿の若者が太鼓を担いでいるのにぶつかった.聞くところによると今日は高宮神社の祭礼で,別名「高宮の太鼓祭り」と呼ばれているらしい.思いもかけずに,こういうのに出くわすと,なんだか得をした様な気分になる.見物の観光客はほとんどいないが,宿場内は太鼓の担ぎ手で溢れかえっており,人々の熱気が伝わってきた.本当のお祭りというのは見せ物ではなく,そこに住む人のためのものなんだという,あたりまえのことを認識させてもらった.人だかりの間をすり抜けて,ようやく本陣跡までたどり着いた.本陣跡は,門にかろうじて当時の面影が残るのみとなっていた.
 ここ高宮は多賀大社への入り口として知られ,近江鉄道もここから多賀へ向かう支線が出ているが,宿の中程に多賀大社の一ノ鳥居が立っている.鳥居の大きさは高さ11m,柱間が8mで,寛永年間の建立と伝えられている.次の機会には多賀大社まで足をのばしたいものである.

高宮の太鼓祭り

本陣跡

多賀大社一ノ鳥居

◆ 現代の陸上交通の主役との共演 ◆

 本陣跡でUターンした.相変わらず街道筋は祭りの人でいっぱいであったが,あまり長居ができないので,祭りを横目に鳥居本宿へ向かった.近江鉄道の踏切をわたると左手にスーパーダイエーがあるので,必要に応じて飲食物等を調達可能である.ここから中山道は田圃の中の道となり,大堀町までの約500mは,風を遮るものがほとんど無いので,南よりの風が強かったが寒さは感じなかった.風はもう春なのだ.
 大堀町の東,芹川を渡る頃に午後2時になった.橋の手前左側(北側)に床の山があり,「ひるがおに居寝せうもの床の山」の芭蕉の句碑が立っていた.また,その反対側(南側)に「是より多賀みち」と書かれた道標があり,ここを右に折れると多賀大社へとつづく.中山道は緩やかな上りになり,新興住宅地を通り過ぎると名神高速道路の彦根インターチェンジである.彦根インターの手前にもスーパーがあった.
 中山道は彦根インターのランプウエー下をくぐり,緩やかな上り坂の原町に入る.ここは街道の脇を用水が流れているが,水量が少なく残念であった.もう少し水量を増やせば…と思いながら歩いた.新幹線の高架をくぐるあたりから今度は緩やかな下り坂になり,左に東海道新幹線,右に名神高速道路を見ながら中山道は進む.新幹線と高速道路という現在の陸上交通の主役にはさまれて,のんびりと歩いていくと小野の集落に入り鳥居本まではあとわずかである.鳥居本の集落に入るとすぐ左側に「右彦根道,左中山道」と書かれた道標がある.下の方がコンクリートに埋まってしまっているが,この道は彦根,近江八幡をへて野洲で中山道と合流する道である.近江鉄道の鳥居本駅へ3時少し過ぎた頃に着き,今回の中山道ひとり歩きのピリオドを打った.

多賀道道標

原町の集落
彦根道道標

多賀道道標

原町の集落

彦根道道標

所要時間 約1時間半


スーパー,コンビニ情報

彦根駅:駅前に平和堂AL PLAZA.ファーストフード,コンビニ,飲食店も多数.
高 宮:中山道を少し東に歩いたところにダイエーがある.
街道筋:彦根インターの近くにスーパーがある.
米原駅:駅前(新幹線側)に平和堂がある

交通情報

高 宮:JR彦根駅から近江鉄道で2駅
鳥居本:JR彦根駅から近江鉄道で1駅.JR米原駅から近江鉄道で1駅.


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