愛知川宿〜武佐宿
(2000.7.8)

◆ 恵智川(愛知川)宿 ◆

 “大型で強い”台風3号が関東〜東北の方向へ向かったので,天気はなんとか回復したが,風が強くにわか雨くらいは降りそうな感じであった.早朝に大垣を発ち,彦根から近江鉄道に乗り換えて9時過ぎに愛知川駅に降り立った.
 ちょっと前,朝日新聞のホームページで愛知川駅前に変わったポストができたという記事を見ていたので,さっそく見に行った.部分的に赤い,という以外は,およそ郵便ポストとは思えないが,愛知川町の伝承工芸品「びん細工手まり」を模して作られている.「ポスト」の横には集配時間が書いてあったので,実際に集配してくれるようである.
 9時10分.駅から中山道へむかって歩き始める.5分ほどで中山道へ出て,西へ進行方向を変え武佐宿に向かう.途中,左手に滋賀銀行がある交差点の一角にポケットバークと呼ばれる小さな公園があり,広重の浮世絵のレプリカなどが飾られていた.街道歩きのバイブル的存在の今井金吾著「今昔中山道独案内」では,中山道は愛知川に架かる御幸橋の中程で,なぜか方向を変えているが,その理由がここの絵を見てわかった.

近江鉄道愛知川駅前のポスト

ポケットバークにて(中州で橋が切れて方向が変わっている)

◆ てんびんの里 五個荘 ◆

 愛知川にかかる御幸橋を渡ると五個荘である.五個荘は近江商人発祥の地として知られている.近江商人とは,近江地方に本拠をおき,てんびん棒を肩に日本全国を歩き回った他国稼ぎ商人のことで,近江八幡,日野,五個荘から特に多く輩出した.五個荘には近江商人の活躍を見ることのできる施設が多くあるので,中山道をはずれて国道8号線を渡り,歴史民俗資料館へ向かった.
 入り口で5館共通入場券(750円)を買う.ここは近江商人屋敷のひとつで旧藤井彦四郎家がそのまま資料館になっており,広大な庭園などに近江商人の築いた富の大きさを見ることができる.トイレや風呂場などは今から見ても贅沢な造りがしてある.
 歴史民俗資料館を後にして,近江商人博物館(五個荘町歴史博物館)に向かう.白壁の蔵を模して造られた「てんびんの里文化学習センター」の3階が博物館になっている.古代から現代にわたるこの地方の歴史が,近江商人を軸に映像や模型を多用して展示されている.特に近江商人屋敷で食されていた食事のサンプルに興味が引かれた.豪商といえども,比較的質素な食事内容という感じがした.
 次に金堂地区へ向かった.ここは白壁と蔵が立ち並び,白壁に面した水路に錦鯉が泳ぐ町並みがあり,近江商人の栄華をもっとも感じることのできる場所である.ここでは,3軒の近江商人屋敷の内部を見ることができる.旧外村繁家(外村繁文学館)と旧外村宇兵衛家,そして旧中江家(あきんど大正館)である.3軒とも立派な庭園があり,部屋にはクーラーなんか無いが,手入れされた庭を眺めていると,さほど暑さは感じなかった.不思議なものである.

◆ 武佐宿 ◆

 近江商人屋敷を後にして,国道8号線を渡って中山道へ戻った.天気は回復して台風一過の強烈な夏の陽射しが照りつけている.中山道はしばらくすると国道8号線と交差して,清水鼻と呼ばれるところに出る.ここをまっすぐに進めば,石寺へと向かうが,中山道はここを左に折れる.この角に商店があったので,清涼飲料水のペットボトルを買いに入った.お金を払う時にご主人に「中山道を歩いてるのですか」と声をかけていただいた.私の他にも,同じように歩いている人がいる…と思いながら,ひと言ふた言,言葉を交わして店を後にした.程なく中山道は国道8号線と一緒になり,東海道新幹線の高架をくぐって,約500mで左に折れる.右手に奥石神神社の参道があったので,神社の境内を通りちょっと近道をして,ふたたび中山道へ戻った.ここからは武佐までは,まっすぐの道である.武佐宿内の建物ひとつひとつには,地元の小学生が作った木彫りの説明板が入り口に懸けられている.こうして自分達の住む町の歴史を学んでいるのかと思うと,中山道を愛するものとしてなんだか嬉しくなる.公民館になっていた脇本陣跡,そして本陣跡を見て.14時30分頃近江鉄道武佐駅に着いた.
 武佐から近江鉄道に乗って近江八幡へ向かった.
 

武佐宿にて

武佐宿脇本陣跡

武佐宿本陣跡

所要時間 約5時間半(うち五個荘で約2時間半消費)


スーパー,コンビニ情報

愛知川:宿場内の街道筋に商店あり.
街道の途中にはコンビニはなかった.(国道8号線沿いにはコンビニがあると思われる)
武 佐:あまり,商店なし.

交通情報

愛知川:JR彦根駅から近江鉄道で15分.JR近江八幡駅から近江鉄道で30分.
武 佐:JR近江八幡駅から近江鉄道で1駅


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