加納宿〜鵜沼宿
(2000.8.5)

◆ 加納宿 うなぎの二文字屋 ◆

 今夜岐阜の長良川河畔で行われる花火大会を,友人と一緒に見る約束があったので,その前にちょっと岐阜近郊の中山道を歩く事にした.

 JR岐阜駅に降り立ったのは12時30分頃で,真夏の太陽が真上にあって,とにかく暑かった.昼食を済ませてなかったので,駅(南口)を出てすぐのところにあるコンビニでおにぎりとお茶を買った.コンビニを出て,大きな交差点の手前の角を左に折れると中山道である.300メートルほど歩くと,左側に加納天満宮の鳥居が見えたので,境内で先ほど買ったおにぎりで食事にした.
 加納の宿場内には,中山道が栄えた頃の面影はあまり残っていない.本陣跡も脇本陣跡もそこに真新しい碑が建っているだけである.そんな加納宿の中で,二文字屋という鰻屋にちょっと興味を持った.店の前の立て札には「二文字屋の場所も,店の前の道幅も(中山道が栄えた)昔と変わっていない」といった様なことが書いてあり,更に,向いの駐車場に「ひだり京」と書かれた道標が建っていた.宿場内で唯一と言って良いほど,中山道を前面にPRしている建物であった.
 中山道は加納の宿場内で何回も方角を変える.2つ目の角を曲がった名鉄の加納駅の南側あたりは,道が緩やかにカーブし,古い建物もあり,わずかに宿場の雰囲気を残していた.その先の角に「左 西京 右 谷汲 岐阜」と書かれた道標があり,裏には明治18年とと刻まれていた.ここに「西京」と書かれているのは,東京に対して京都は西の京という意味なのだろうか?車の排気ガスの影響か,下の方が汚れているのが残念である.

二文字屋

二文字屋前の道標

左 西京 右 谷汲 岐阜

 加納宿を後にして,名鉄名古屋本線の踏切を渡り,東海道本線の高架をくぐる.しばらく歩くと,京都,木曽の方向と伊勢・名古屋への近道を示した道標の建つ三叉路に出た.道標の裏には「明治九年一月建之(立?) 遠藤平左エ門」と書かれていた.この道標のユニークな点は,よく見る「右…,左…」という書き方ではなく,それぞれの方角を指差すイラストが書いてあることである.この三叉路から南西に延びる道は,境川に沿って伊勢道へとつながっていた.尚,ここでも京都のことを「西京」と書いている.
 すぐ先の細畑の一里塚は左右ともほぼ完全な形で残っており,町中にしては保存状態は非常に良い.道標や一里塚がこれほど良く保存されているのに,宿場内に街道時代の面影が残っていないのは,なお更残念な気がした.
 14時10分頃,手力神社の手前に差し掛かり,中山道は鳥居の前を左にカーブしていく.

細畑の一里塚近くの道標(明治9年建立)

細畑の一里塚

◆ 静かな佇まいの 鵜沼宿 ◆

 東海北陸自動車道の高架をくぐって各務原市に入る.少し坂を上って角を2回曲がると新加納の立場跡である.加納と鵜沼の間は4里10町と非常に距離が長かったため,ここ新加納に間の宿が設けられた.
 新加納の立場跡を過ぎると国道21号線の旧道に出て商店街に入り,15時頃,商店街の中ほどの市民公園についた.ここは,岐阜大学が移転した跡地を整備してできた公園で,園内には図書館などもある.市民公園でひと息ついたあと,更に東に向かって歩く,六軒辺りで国道21号線に合流し,航空自衛隊岐阜基地の北側を歩く.この辺りは川崎重工業の工場などもあり,日本の航空機産業のメッカである.名鉄各務原線.JR高山線を高架橋で超えると,国道は右にカーブしながら台地を降りて行くが,中山道はまっすぐ進み,17時頃に鵜沼宿に入った.車があまり通らず比較的静かな佇まいである.途中「カラオケ喫茶中山道」なる看板を見つけ,思わず笑ってしまった.
 鵜沼東町辺りで中山道を後にして名鉄新鵜沼駅へ急いだ.距離の割にはあまり見どころが少ない,ただ,暑く,ひたすら歩いたという感じだけが残った.

静かな佇まいの鵜沼宿

所要時間 約5時間


スーパー,コンビニ情報

加納:岐阜駅から中山道までの間に1軒.その先にもローソンがある.駅構内にも売店などがある
途中,那加の商店街にコンビニ数件とスーパーのユニー,名鉄各務原線の高架を越えた先にはニチイがある.
鵜沼:街道筋にはあまり,商店はなかった気がする.

交通情報

加納宿:JR岐阜駅
鵜沼宿:JR高山線鵜沼駅または名鉄新鵜沼駅から約700m


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