馬籠宿〜大井宿
(2002.6.2)

◆ 木曽路に別れを告げる,馬籠 ◆

 6月2日.名古屋から快速で9時過ぎに中津川駅に着いた.駅を出ると梅雨入り前の青空が広がり,暑い一日になりそうな気配がした.ここから馬籠まではバスで行くが,バスの発車までまだ時間があるので,駅前の中津川市観光案内所を覗いてみた.ここは特産品の展示販売や観光・宿泊の案内などを行っており,観光パンフレットなども揃っているので,歩く前にここで情報を仕入れると良いだろう.私はここで「中津川の中山道」という本を購入した(800円).これは中津川市の広報に連載されたものをまとめたもので,こういう資料は,その土地に行かないとなかなか手に入らない.

 中津川駅前9時45分発の濃飛バスに乗って馬籠へ向かう.季節によっては懐かしいボンネットバスも運転されている.途中クアリゾート湯舟沢に寄るので,歩き終えた後に汗を流したいときには好都合だ.馬籠に10時14分に着く.バス停は宿場の西端にあるので,一旦宿場の東端まで行って,戻ってくることにした.馬籠宿は西から東へ向かって登り坂になっている.東端の高札場でUターンをして西へ向かって歩き始める.正面には濃尾平野が広がり,往時の旅人達はこの景色を見て,木曽路に別れを告げたのであろう.枡形あたりは水車が回り,馬籠でも一番美しい場所の一つである.約20分で,さっきバスを降りた場所まで戻ってきた.小休止のあと落合宿へ向けてスタートした[10:55].

 のどかな田園風景が広がる.木曽路には無い風景である.下り勾配が続く.側溝の蓋には石畳がデザインされている.途中,正岡子規の句碑があるあたりからの眺めは抜群で,信州サンセットポイント百選にも選ばれている.休憩にはもってこいの場所である[11:16].ほどなく立場茶屋のあった新茶屋に着く[11:24].ここに新茶屋という名の民宿がある.民宿の前には一里塚や藤村筆の「是より北木曽路」の碑が立つ.この碑は1957(昭和32)年に藤村記念館の落成10周年を記念して建てられた.民宿の横には信濃と美濃の国境の碑が立ち,ここが美濃路と木曽路の境界であることを示している.(新茶屋には公衆トイレがある.)

馬籠宿の枡形あたり 是より北 木曽路の碑

◆ 往時の旅人と同じ石畳を歩く,落合 ◆

 新茶屋を過ぎるとすぐに落合の石畳が始まる.石畳の道は840m続くが,その内の3区間計70.8mは往時のままの石畳である.大名行列や和宮の一行,街道時代の多くの旅人たちと同じ石の上を歩いていると思うと,胸が熱くなる.石畳の道は現代の人にとっては決して歩きやすい道とは言えない.特に馬籠から落合に向かっては下り勾配になるので,ちょっとしたことで足を挫いたりしそうである.それでも石畳に落ちる木漏れ日はとても優しく,犬を散歩させる家族連れの姿も見られた.

 石畳が終わると,左手に医王寺というこじんまりしたお寺がある[11:50].別名,山中薬師.日本三大薬師のひとつである.残り2つは,中山道御嵩宿の蟹薬師と三河の鳳来寺である.医王寺を過ぎると急な下り坂を落合川にかかる下桁橋まで降りる[12:01].この馬籠と落合の間は急勾配のため何回か道が付け替えられている.当初は医王寺からほぼ直線的に下桁橋まで降りていたが,1741(寛保元)年に湯舟沢経由の(医王寺を通らない)道につけ替えられた.しかし,距離が1.8kmも長くなるので評判が悪く,1771(明和8)年,再度,医王寺から緩やかに下桁橋へ下りる現在の道へ付け替えられた.現代人にはこれとても急である.下桁橋から上流を見ると,砂防ダムから水がカーテンの様に流れ落ちて,涼感を誘っていた.橋を渡ってすぐに右へ折れて,先ほどバスで通った主要地方道中津川・南木曽線を横切って枡形を曲がると落合宿である.

 宿場に入るとすぐに上町の常夜燈(1792年,寛政4年建立)が見える.以前は街道のまん中に立っていたらしいが,現在は道の端に移されている.200年以上もの年月を経ているとは思えないほど,手入れが行き届いている.街道筋には,なまこ壁の蔵や卯建のある建物が残っている.宿場町を前面に主張する馬籠宿とは対照的な,静かな佇まいの宿場である.善昌寺の前,公園の手前で左に下る道が中山道.ここが下の枡形である.この角に「右至中仙道中津川一里」と書かれた道標がある.道標は馬籠宿から歩いて来ると少し見にくい位置にあるので注意しよう.

落合の石畳 山中薬師 落合宿本陣

◆ 都市のまん中で,良好に保存されている中津川宿 ◆

 落合宿から中津川宿まではちょっと道筋が分りにくい.国道19号線を高架橋で渡るとすぐに落合五郎兼行の居城跡がある.そこから国道沿いに降りて行き,最初の道を右に入って小さな川に架かる横手橋を渡る.橋のたもとに「東 木曽東京方面,西 美濃京都方面」と彫られているので,この道が中山道であることが確認できる.そして,今度は国道19号線の下をくぐって反対側に出る.国道沿いにはコンビニがある.このあたりから,道は上りになり,中津川宿までは小刻みなアップダウンが続く.ボディブローの様に体力を奪っていく.与坂立場跡を過ぎ,三たび,今度は地下道で国道19号線の反対側に出る.ここからしばらく,中山道にはアスファルトに色がつけてあるので迷わない.子野の一里塚跡[0:52].国道257号線を歩道橋で越えて,石段を降りて行くと中津川宿の高札場である[13:18].

 午後1時をまわり,お腹が好いてきたのでアピタ中津川店で弁当を買って,となりのソーラータウン中津川という公園で食べた.芝生が植えられ,トイレも清潔であった[13:20〜14:15].

 中山道中津川宿は商店街になっており,四ツ目川橋から中津川橋までの約550mの区間には,旧庄屋屋敷などの古い建物が残り,枡形のあたりには造り酒屋の建物が並んでいる.都市のまん中に残る宿場としては,比較的良く保存されている.

中津川宿高札場 庄屋屋敷 下町の造り酒屋(中津川宿)

◆ 6つの枡形がある大井宿 ◆

 駒場村の高札場跡[14:47]を過ぎ.こでの木坂を上がると苗木道との追分にでる.苗木道は木曽川の対岸の苗木城下を経て飛騨高山へ通じる脇街道である.ここの道から一段高くなったところに,男女別々の頭部を持ち肩から下は一体になった珍しい道祖神,双頭一身道祖神がある[14:54].道祖神の左上には是より苗木道と彫られており,道しるべの役割も果たしていた.すぐに上宿の一里塚[14:58].江戸から数えて85番目の一里塚で,現在のものは1934(昭和9)年に復元されたものである.

 右側にJR中央本線の線路と国道257号線が,左側には国道19号線が迫ってくると小石塚立場跡である.ここにコンビニのタイムリーがある[15:10].中央自動車道中津川インターチェンジの立体交差の北側(JR側)を過ぎると,田園風景に変わる.坂本神社へ通じる道が別れる場所に常夜燈がある[15:34].そのすぐ先に古い大きな家が建つ.坂本立場跡[16:02].秋葉街道との追分には秋葉山の常夜燈が立つ.常夜燈の隣に茄子川小休所篠原家があり,篠原家は本陣や脇本陣と同じ役割りを担い,和宮や明治天皇もここで休んでいった[16:26].5分ほど歩くとブロック塀に石臼をはめ込んだ家がある[16:32].恵那市と中津川市の境界には「中山道」と書かれた碑が立つ[16:42].甚平坂を登ると公園があり,中津川方面の眺望が望める.また,石に描かれた広重の木曽街道69次大井宿の絵がある(ここの公園には公衆トイレがある)[17:02].中央自動車道を高架橋で越えて,明智鉄道のガードを抜けると大井宿の高札場跡である[17:19].

 大井宿は宿内で6回直角に方向を変える.2つめの枡形の正面に旧庄屋の古山家住宅がある.ここは「中山道ひし屋資料館」として公開されているが,あいにく午後5時で閉館であった.阿木川に架かる大井橋には広重の浮世絵のレプリカがはめ込まれている.JR恵那駅の正面に出ると中山道広重美術館がある.ここも閉館時間を過ぎていた[17:45].

 今回歩いた区間は,古い町並みや街道の雰囲気が比較的良好に残っており,見どころも多いのでお勧めのコースの一つである.妻籠からであれば落合までは1日で歩くことができるだろう.ぜひ歩いてみていただきたいと思う.

双頭一身道祖神 大井宿本陣の門 中山道広重美術館(大井宿)


■所要時間 馬籠宿→大井宿まで約7時間半(馬籠宿での観光等の時間を含む)


スーパー,コンビニ情報

馬籠宿〜落合宿:

馬籠には飲食店や農協のスーパーなどがある.

落合宿〜中津川宿

中津川市与坂で国道19号線のガードを通るところ,国道沿いにCoCo.
中津川市内:スーパーのアピタ.

中津川宿〜大井宿

中津川市小石塚立場跡にコンビニのタイムリー.
大井宿内,宿役人の家の前にCoCo.
中山道広重美術館の南にスーパーのバロー.

交通情報

馬籠宿:JR中央本線中津川駅下車.駅前から濃飛バス馬籠ゆき.終点馬籠下車
中津川宿:JR中央本線中津川駅下車.駅前からまっすぐのびる道を約250m.交差する道が中山道.
大井宿:JR中央本線恵那駅下車.駅前からまっすぐのびる道を約200m.交差する道が中山道.


2002年 12月 8日 (日)作成

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